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ホタルの保護と自然保全ためにすべきことは何かホタルを守るために

ホタルを守るためにすべきことは何か  /  日本ホタルの会名誉会長  矢島 稔

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ホタルは里山環境の結晶であり、また生態系の一員であるから、
養殖放流に頼るのではなく、生態系の維持・回復が最優先であり、基本である。

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ホタルの生態系再考が原点

 この広い世界には考えられないような生きものがいたり、現象がある。それが珍しいほど伝えられ好奇心をあおって時には事実とかけ離れたものになっていることがあった。しかし、今やIT革命による情報の共有化は時と共に進展し、映像とコメントによる伝達は目を見張るばかりである。こうした日常を過ごしているために媒体による認識は10年前には考えられないほど市民に広まり、そのレベルも高くなっていると思う。かつての好奇心はもはや今の子供たちには信じられない幼稚なものに思えるに違いない。ところが好奇心そのものがなくなってしまったわけではなく変質しているのではないだろうか。

 日本人には珍しいものが好きで人が見たものは自分も見たい欲求にかられ、その衝動を抑えられない事が多いのではないだろうか。長い間動物園のスタッフであった私の体験がそれを忘れがたいものにしている。中国から来たパンダに長蛇の列ができ、年間1,100万人が入園した。これほどではないが、コアラもラッコも入場整理にどれ程苦労したか。今ではパンダが目の前にいてもほとんど立ち止まらない。すべては一過性の騒ぎであった。つまり、目玉になるものが必要で、にぎわうお祭りを好む人が多いといえるのかも知れない。

日本ホタルの会 名誉会長 矢島 稔

 毎年ニュースになるものに上野の山の花見があって、これはごく一部の人の限られた現象と思いたい。しかし、どの地域にも四季それぞれの話題になる目玉があって観光による振興に心をくだいている事実も否定できない。
 幸か不幸か発光する昆虫-ホタルは、古くから日本人の心をとらえ、初夏には無くてはならぬ対象である。闇夜に光って乱舞する様は心に浸みわたり、あらゆる分野でテーマにされてきた。それは、デリケートな発光のリズムを感性で受け止める日本人らしい特徴といえるだろう。ところが、こうしてホタルが発生していた環境が、人口増加に伴って宅地になり、川は下水化され、人間の快適な生活を実現するためにあらゆる方法で自然は壊されていった。50年以上前の都市とその生活を知る者にとっては、もはや比べようもない事実である。

 日本ホタルの会を創ろうと志を立てたとき、私の心にあったのは生きもののすみかを確保し、どこまでが限界なのか、どういう方法で共生が可能かを探ろうとしたことである。ホタルをたくさん出そうとか、それだけを人工的に守ることは不可能だということを一人でも多くの人に知ってもらいたいという事であった。
 1944年に発表された渓流棲昆虫の生態(可児藤吉)に感激し、動物の生態(宮地伝三郎・森主一)をテキストにして、フィールドワークを始めた私の原点は、あくまで自然界の構成と生態系の解明であった。そして師との巡り会いで啓蒙を目的とする昆虫園を創設する機会を与えられ、昆虫や小動物の生態を中心に身近な自然界の仕組みを市民に説き、小さな生命を支えている要因をその種と一緒に考えてもらうことに努めてきたつもりである。

 日本ホタルの会も、日本人が大好きなホタルを環境の結晶として、捉えてもらいたいためのものである。しかし、研究は進み大きな成果を上げているが、市民が街で行っているイベントを見ても受ける質問も殆どホタルを一匹でも多く出したいし見せたいというレベルにとどまっている。なぜだろう。美しく光る故にホタルは、観光資源にされ、目玉として人集めに使われている。こういうことを繰り返していたら、やがてホタルは減少し、その生息環境にも関心をもたない人達が多くなってしまう。
 昆虫や小さな生きものを対象に調べている者は、それが生存している事のすばらしさと一つ間違えれば消えてしまう恐ろしさをわかりやすく市民に伝える義務がある。それも直ちに実物を通して説かなければわかってくれない。
 人間だけを尺度にした考えの間違いに気づかずにビオトープのミニチュアを造ることが自然との共生と思ったり、見た目だけの快い環境が小動物には生きていけない場所になってしまうことを早くわかってもらう努力をすべきだと会員を含め多くの皆様に訴えたい。工業技術の発展の度合いがこれ程早くなっている今日、人は日常生活でそれを駆使するために追われ、小さな頃から野山を歩き、生きものに接する時間がどんどん少なくなってきているように思う。
 こうした体験が自然観を変えつつあるのではないだろうか。まだまだ生きものについてわからないことは山ほどあるのに、それにすら関心をを持たない人達が増えたら、バーチャル世界の中で人は息ができなくなるのではないかと私は心配でならない。

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ゲンジボタルの生態系を考える

  各地で桜が咲き、春の到来が現実になると生物は活発に動き始め人も例外ではない。ソメイヨシノなど一重の桜が散り始め、八重桜が開花する頃、その近くの渓流からゲンジボタルの幼虫が水の中から岸を上がりはじめる。ただし、小雨が降っているか、日中雨が降ってその時はやんでいても地表がぬれているのが条件である。午後8時以降腹の末端(腹部第8節)の左右から発光しながら上陸してくる。この発光はまだコミュニケーションに使われていないから明滅はするがデリケートではない。しかも数分発光し、ぱっと発光をやめ、再び数分後発光するというのを繰り返すので星が地上にあるように見え実に美しい。西日本では個体数が多いので将に「星が地上に舞い降りた」ように見事である。

  幼虫は水辺で鰓呼吸から気門呼吸に切りかえ、適度な湿り気の場所を探し、そこに穴を掘って潜り込む。体を丸めて球状の土窩をつくり、そこで前蛹になって一ヶ月以上じっとしてる。土窩は口からだした唾液で周りの壁を固めてあるので独特なにおいがし、外的の侵入を防ぐ効果があると思われる。上陸してから約40日後に蛹化し、さらに15日後に羽化した成虫は岸の土の中からはい出し昼間は葉の裏にじっとしているがくらくなると発光して飛び出す。
 雄の平均寿命は約6日、雌は平均14日位でこの間に交尾産卵する。発生期間が一ヶ月とすると前半期間は雄が多く、後半になると雌の個体数が多くなる。発光はコミュニケーションの手段で雌を見つけた雄は近くに止まり独特なプロポーズ発光をし、雌が受け入れる意志を発光で示すと交 尾する。

  雌は終日陽の当たらないしめった苔の上に産卵し卵は常にしめった状態で約30日後孵化する。体長1.5ミリの幼虫は水に入り底の小石などの下にもぐり夜になると出てきてカワニナの稚貝をさがす。幼虫は体にあった巻貝を探し自力で貝のふたをあけ、だ液の消化酵素でカワニナの肉を溶かして食べる。
 私が1匹の幼虫はどのくらいカワニナを食べるか調べた所、蛹化までに約25匹であった。殻の長さが3ミリから35ミリまで大小のカワニナがいてホタルの幼虫は蛹になれる。かりにその場で50匹のホタルを飛ばしたいとすると、下図のような生態系の構成が必要になる。

ゲンジボタルの生態系

  50匹には1250匹のカワニナが要るが、この母集団はこの5倍か10倍いなければ来年につながらない。このカワニナの個体群は水質、流速、陽当たり、底質、植物プランクトン(巻貝の食べ物)の存在によって生活できるのだが、同じ場所に天敵の魚やザリガニがどのくらいいるかによって母集団の数はさらに多い必要が生じる。岸の土 は上陸した幼虫が登ってもぐりやすい湿り気を保っているか、羽化した成虫が止まっていられる林がまわりにあるか、飛びまわる空間にクモなどが多いと成虫が食べられるし人工照明が強いと、明かりを嫌うホタルはその場を避けて飛び去ってしまう。
 ごく簡単に述べたが、生態系は生物学的要因(食べ物、天敵、仲間)と無生物的要 因(水質、底質、岸の地形など)のバランスによってその場にどの位のホタルが発生するかが決められるわけで、こうした生態系全体を配慮しなければ復元したということにはならない。
 しかもこうした意識で長年維持するのは容易ではない。ところが、初夏になるとホタルを見たい人が来るので「ホタル祭り」のイベントを開き、1匹でも多くのホタルを見せたいと主催者は環境やホタルの生息条件を無視して照明をつけ、そこで発生していないホタルを乱舞させて観光資源にしている例が少なくない。これは、悪化する環境を改善したホタルを復活させる運動と相反するものである。さらに環境とは無関係に水槽などで幼虫を養殖し、これを成虫にすることが保護活動と報じられることが多い。殆どの養殖は環境問題を無視した行為であることを認識し、あくまで発生する現地の生態系の保護と復元をはかるべきであって、ホタルは「環境の結晶」という意識をしっか りもった活動を支持し推進してほしい。

 残念なことにそこに沢山のホタルが飛んでいるという光景だけを評価する人がいるために、ホタルの生存を支える生態系に配慮しそれを維持する地味な仕事を大切にしようという意識がまだ高いとは言い難い。これは行政と市民が協力しなければできないこともあるので、たとえ僅かな数でもこうした保護活動の結果飛ばすことができたホタルこそ、そこに定着し、未来へつなげる゛みんなの宝゛になると私は思う。

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保護につながるホタルの飼育を

  日本人はホタルと花火が好きだ。情報誌に各地の花火大会の予定表が載るが、先日、関東地方でホタルの見られる場所の特集も出ていて、あきれてしまった。
 私たちはホタル生息地を守るため、論文を書くときでも詳細な場所の記述は避ける など注意を払う。しかし、観光客や人寄せ目当てのホタル飼育も増えているようだ。専門業者から数百匹、数千匹単位で購入するケースが減ったのはいいが、多くのホタルを飛ばすためだけで「養殖」を目指す施設も目立つ。単なる「養殖」と保護を視野に入れた「飼育」は、まったく違うものだ。

  多摩動物公園昆虫園でホタル飼育場を作ったのは、73年だった。78平方㍍の飼育室と延長74㍍の屋外水路を配置、滝を作り、堰を設け、コイを飼った。食物連鎖再現のためである。
 3年目からゲンジポタルのえさであるカワニナが定着し毎年200~300匹のホタルが飛ぶようになったが、問題は発生した。ドプネズミが侵入し、ヒルも発生した。ヘピトンボの幼虫もカワニナを食べた。
 30年たった今も、ホタルの飼育技術が確立したといえない。逆にいえば、それだけ自然の仕組み、生態系は複雑で徴妙なパランスの上に成り立っている。飼育を通じて、ホタルの生熊系を考えなけれぱ保護にはつながらない。室内の水槽で育てた幼虫を水路に放し、成虫を飛ばすだけで「ホタル復活」と喜ぷのはおかしい。幼虫を魚と同じように飼えぱ、天敵はいないから死亡率も少ないし、春 に川に放せばホタルは飛ぶ。しかし、それでは、生態系や環境に思いをはせることはない。

 夕闇に光るホタルは環境の結晶なのだ。

矢島 稔  /  日本ホタルの会名誉会長。東京生まれ。東京学芸大学卒業。 1961年、東京都多摩動物公園に勤務し「昆虫園」を開設。
80年、日本博物館協会、棚橋賞受賞。上野動物園水族館長を経て、87年、多摩動物公園園長となり、翌年「昆虫生態園」をオープン。
91年文部大臣表彰受賞。東京動物園協会理事長を経て、99年より群馬県立「ぐんま昆虫の森」園長として現在に至る。

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Flickering Lights Show a Healthy Natural Environment    by Konishi Masayasu, entomologist

At the water's edge, greenish-white specks of light dart about in the dark night air. Fireflies have made early summer a special time for the Japanese since ancient days. The Japanese word for firefly, hotaru, is generally used for two species, genji-botaru and heike-botaru. In their larva form, both species prey on small freshwater snails. Genji-botaru larvae live in clean flowing water, heike-botaru in rice fields and other places where water is stagnant. There are about 2,000 firefly species in the world, but fewer than 10 species are known to be aquatic at the larva stage. All of the others are terrestrial at both the larva and adult stages, making the genji and heike species very unusual. The Japanese archipelago has plenty of rivers, streams, wetlands and irrigated rice fields, and these provide excellent habitats for aquatic fireflies. So it is natural that, since ancient times, people in villages and towns have observed and enjoyed the little lights darting about in the night. Fireflies first appear in literature in the Man'yoshu, Japan's oldest collection of poetry (late 8th century). They appear in haiku, longer poems and essays right through to the Edo period (1603-1867). In the old days, there was a belief that the lights of fireflies represented the souls of the dead. In the Edo period, one pastime was catching fireflies while enjoying the cool evening air. Ukiyoe woodblock prints show things used to catch them, such as flat and folding fans, traps made of bamboo grass, and insect nets. This custom seems to have developed in the mid-1600s in the Seta and Ishiyama districts of Otsu (present-day Shiga Prefecture). When the light show was at its peak in early summer, hotaru-bune boats would take people on eating and drinking excursions to the best places to see them.

Konishi

This was common in Seta, and in Uji in the Kyoto suburbs. Hawkers even sold fireflies there, but this type of "business" was still unusual in Japan. By the end of the 1700s, fireflies were also being sold in Edo (present-day Tokyo). Pleasure-seekers gathered at viewing spots in different parts of the city, but the number of fireflies dropped as the city expanded. As time went on, indiscriminate hunting by firefly sellers led to fears that the genji firefly was endangered, and in 1924 the national government designated the Moriyama district in Shiga Prefecture a protected habitat for them. Today, one habitat has been registered as a Special Natural Monument, and nine as Natural Monuments. Japan is probably the only country in the world to have implemented legislation protecting fireflies. But this is not surprising, because the little beetles have long held the affection of the Japanese?in some places they are called by pet names, and catching fireflies is a fairly common theme in old nursery songs still heard today. The economic boom times that began in the 1960s were hard on the natural environment, and firefly habitat, once common throughout the country, quickly shrank in area. Urban development, water pollution, riverbed alterations and the construction of dykes for flood prevention were the main causes of this loss of habitat. In some parts of Japan today, local governments and citizens are protecting and restoring firefly habitats, and even developing new ones.

When necessary, snails and other firefly prey are bred and released there. Today, one popular pastime is observing the winged insects emerge from their pupa coverings. In the old days people caught them for fun, while now we watch and learn about them. To protect them is to preserve the natural world they live in, so their bright lights have come to symbolize a healthy environment. The affinity Japanese people have had for fireflies since ancient times is still strong today, and as a national social phenomenon, it is probably unique in the world.

小西 正泰  /  日本ホタルの会理事。(農学博士)1927年兵庫県生まれ。北海道大学 農学部農業生物学科卒業。同大学大学院 農学研究科修士課程修了。著書:『虫の文化誌』(朝日新聞社)1977、『虫の博物誌』(朝日新聞社)1933。『昆虫の本棚』(八坂書房)1999、訳書:クラウズリー・トンプソン『歴史を変えた昆虫たち』(思索社)1982、アダムズ(編)『虫屋のよろこび』(監訳:平凡社)1995、ベーレンバウム『昆虫大全』(監訳:白揚社)1998

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ホタルの「飼育」と「保全」の違い    渋江 桂子

 ホタルを守りながらホタルの生息する生態系を守るとは、どういうことなのか?これは、「ホタルの飼育」と「ホタルの保全」との違いが、教えてくれる。
 野外であろうと室内であろうと、「ホタルの飼育」では、一生を観察するためにホタルを育てることが目的である。たとえば、小学生の子供達が家でカブトムシを飼うように。 一方、「ホタルを保全」する目的は、ホタルを通して「ホタルの棲む自然」をも復活することにある。ホタルの棲む自然とは、即ちホタルが生息できる生態系であり、ひいては農村文化的要素も含めたホタルが生息している景観である。
 ホタルを保全する上では、「ホタルが1000匹出た!」ことを喜ぶのではなく、「自然を守ったら、川もきれいになった!ホタルや他の生き物も戻ってきた!」ことを喜ぶべきである。それを守るのが日本ホタルの会の理念であり、会の目指すところは、この点にある。 日本ホタルの会が、他のホタル愛好会と一線を画す目標であり、難しいながらも実践する課題として、当会が取り組んでいかなければならない点である。

渋江 桂子  /  日本ホタルの会理事。フェリス女学院、早稲田大学、筑波大学大学院修士課程を経て、千葉大学大学院後期博士課程
自然科学研究科(環境科学専攻)修了。博士号(学術)取得。博士論文「ホタルを指標とした谷戸の保全に関する景観生態学的研究」

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